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清雪門

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【清雪門】

もと別宮の東門、本宮の北門とも伝えられる。両袖には築地塀が一部残っている。俗に「不開門 」 といわれ、何百年も閉ざされたままとされる。天智天皇 7 年(668)に新羅の僧が神剣を盗んだとき通った不吉の門とも、神剣還座の際に門を閉ざして再び皇居へ移ることのないようにしたとも伝える。清雪門は、昭和 38年(1963)に解体修理が行 われ、屋根の桁受皿斗に「 貞享三年(1686) 寅六月十七日、遠州浜松浅原庄右衛門」とある墨書が発見される。清雪門は、戦災を逃れて残った数少ない建造物である。

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